2010年09月06日

10ヶ月振りに復活します

ながらくご無沙汰しました。
アクセスを見ますと、更新もしないのに毎日40人前後の方の訪問があり、恐縮してをります。

 挨拶代わりの一首です。

  ・新しき恋などをまたして見むか破調のわれのひと日始まる

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2009年11月24日

「潮音」09年8月掲載(その2)


suifuyo.jpg
 

    8月号に載つた後半の5首。



   # 詠み続けよと…


 たまきはる命消えゆくあかときを新聞配達の音聞こえ来る
 

 意識薄れよ深き眠りの来たれかし現
(うつつ)には思ふ人の亡(な)ければ


 妻亡せし孤りの老を励まされ詠み続けよと師は微笑みぬ

 
 妻の匂ひはつかに残るスェーターを着むとすれども丈が合はざり


 これの世に妻の名前は消えたれどダイレクトメール今日も届けり



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2009年11月23日

「潮音」09年8月掲載(その1)

               
               St.Moriitz.JPGSt.Moritzのテラスにて


 結社誌に長い間欠詠を続けてゐたので、先月(7月)に引き続き8月も2ヶ月分載せることを許された。
 
 8月号の前半が次の5首である。



  # 写し絵に…


 ひとり居も二十日を経たり写し絵に「ただいま」などと挨拶をして
 

 「おそいわね」空耳に声聞こえくる灯点せば妹の写真笑みをり

 
 骨壷に入りて吾妹はすましゐる さほどに壷は住みよきものか
 

 居る筈もなけれど亡妻
(つま)の瞳(め)を欲りてスーパーストアの売場さまよふ
 
 
 千の風にならずともよしひと吹きの桜ふぶきとなりて我に来
(こ)


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「潮音」09年7月号掲載分



引き続き結社誌に記載された作品をUPします。
遅れ遅れの7月号です。 まだまだ、亡妻のことばかりでした

           watch.JPG
 
 
 #スガン氏の山羊


 秒針の右に周りて戻らぬを納得しつつ凝視
(みつ)むれば正午(ひる)
 

 弔ひの手順のことも言ひ残しまたひと足の段梯
(きだはし)降る
 

 来年は金婚式ぞと念押して約せしことを汝は忘れしや
 

 誕生日過ぎて死なむと予言せる妻の強さに返す言なし


 「おひっこがひたい…」と訴へ伸ぶる手を握れども眼は宙にさ迷ふ
 

 「おひっこ…」と呟く声も弱りゆくおろおろと掌
(て)をとるほかはなし
 

 あかときの淡く明るむ光見ずかぼそき呼吸
(いき)は止まらむとする
 

 脈とぎれ打ちては途切れひと夜さをスガンの山羊のごと闘ひぬ
 

 くちびるに冷たさのみが伝はりぬエンゼルメイクの頬に触るれば


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2009年11月17日

「潮音」新春20首詠2009年新年号掲載


             niyodogawa.JPG   土讃線仁淀川鉄橋より仁淀川橋をのぞむ

 年が明けないうちにUPして置かう。

 今年の「潮音」新年号に出した20首詠だ。
 準入選に14首選んでいただいた。


 ★南国望郷

久しくも見ざるものかな土佐の海の沖黯々(くろぐろ)と流るる潮(うしお)


おほうみの耀き眩し瞬きを三度四度五度六度わがせり ※


われを迎ふそのさり気なき表情もうれしきかなや おほきわだつみ


『建依別(たけよりわけ) 』汝は剛毅なる国にして前なる池に鯨飼ふとや


胸張りて龍馬が歩みゆくごとし土佐灘めざす仁淀大河は


帰るべき家すでに失せ無けれども白き仁淀の橋は吾を待つ


少年の日々過したるわが家は跡形もなしコンビニ建てり ※


黴臭き蔵の二階の薄明に啄木読みし遠き憶ひ出 ※


(たふさぎ)の白きを締めて魚を獲る少年の胸まだ薄かりき


ふるさとの川の深みにひそみ住むうなぎの肌のぬめる冷たさ


紅簾石(こうれんせき)ただあかあかと川底にあれば密かに燃えしむるべし


淵に潜る龍の子なりと自負すれど陽焼けし肌は鮴(ごり)の子に似る


藤村の詩に始まりし少年のうれひ並みゐる図書館の書架


ひと夏をヘッセにひたり過したる図書館に今もあぶらぜみ鳴く


わが顔を塗り潰したる一葉の写真出できぬセピアに褪せて ※


六十年の昔をきみは憶ゆるやはた忘るるやいづれともよし ※


胸ぬちにひそみて紅き埋火が未だ消えぬよと友に告ぐる日 ※


切々とカンツォーネ歌ふ老友の遠き記憶に響む潮鳴り ※


いごつその土佐つぽなりし父の夢何なりしやと思ふこの頃


往にし日々かくも眩しきものならば往復切符購(か)へばよかりし


   新年号を病床のカミサンに見せたら「良かったね!」と一言つてくれた。嬉しかった…
  

 ※の作品は選ばれなかったもの。
 でも、そのなかにも作者としては愛着のあるものがあるので、全部載せる。
 
 一言でも感想を述べて下されば嬉しいです。

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2008年11月24日

『潮音』08年11月掲載歌

    #もの狂ひびとの街

落つる陽に向ひて歩む人らみな金の縁取りつけて影引く

ゐさらひを見せて胸張り街歩むをのこありけり眼は光ゐし

年毎に見かけ綺麗になりし街もの狂ひ歩む人も失せにき

身ぎれいになりゆく街のさびしさはたとへば虫も食はざる造花

今日ひと日なづきに鳴れるコラールよまた寄せ返し来たるかなしみ

裸で歩くもの狂ひびとを子供の頃には時々みた。
見かけの世の中が小綺麗になつた現在では、
そんな人は見たくても見られない。

今にして思ふと、十字架に架けられたキリストが、
そのまま歩き出したやうな姿であつた。

子供の頃はそんな人が怖かつたものだが、
いまでは尊敬と憧憬の念でその姿を思ひだす。

 以下はボツになつた作だが、これはあまりにもママといふ気がする。
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タグ:潮音
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2008年11月11日

『潮音』08年10月号掲載歌

             
    # 曼珠沙華        曼珠沙華


 天高き秋いま来むと人いへどわが上に停まる秋雨前線
              
 秋さればゆする人なき鞦韆
(しうせん)は縊死体のごと影を落としぬ

 しんしんとただしんしんとひろがりて曼珠沙華赫し黙し歩めば

 この世にはあらぬさまにてとび散らふ朝靄のなかひがんばなばな

 わが胸を断ち割れば飛ぶ血潮かと思ひてちぎりぬ曼珠沙華三つ


 ここ2ヶ月以上、ボクはあまり元気が出ない。
 その上、カミサンも不整脈がひどく、寝たり起きたりなのである。
 
 お互い高齢のことでもあるし、不安がつのる。
 歌にもそれが現れるので、鬱陶しい限りだが、そうも嘆いてばかりもゐられない。
 
 日々の買物やキッチン仕事も引き受けて、結構忙しい・・・・

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posted by 素浪人Joe at 03:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

「めめしさ」について

このところ、情の本質を「めめしさ」とした本居宣長の主張に共感してゐる。

彼はいふ。「しごくまつすぐに、はかなく、つたなく、しどけなきもの」にこそ価値があるのだと。

"やまとうた”の根本がそこにあるならば、ボクも恥かしがることなく、
改めて堂々と「めめしさ」を追求してみやうと思ふ。


少年の頃兄に言はれた言葉を思ひ出す。
「お前はめめしい、文弱の徒だ」と。
この言葉がトラウマとなつて、こんな齢まで身に染み付いてゐたやうだ。


さてと、開き直つて「めめしさ」を表現した歌をいつぱい詠んでみやう。


めめしい例とは言ひ切れないが、たとへば萬葉集の次のやうな歌、


 ・わが屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも  大伴家持


この境地まではなかなか到達できまいが、目標は高い方が良いだらう。

めめしく、しどけなく、頑張つてみやうか、と思ふ。

タグ:本居宣長
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2008年10月31日

『潮音』08年9月号掲載歌

                       
                        P1090384.JPG

       #ベースボール

 母が縫ひし布のグラブを思い出づ夏の河原の三角野球

 梅雨明けのコバルトの空にこだまして大太鼓鳴る予選球場

 ひとりゐてグラブに球を叩きつく補欠選手の背にも夏来る

 チアリーダー額の汗は飛び散りて声張り上ぐる七回の裏

 打ち損ね球は前には飛ばざれどわが魂碧き遠方に消


 
 野球で夏といへば・・・
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タグ:潮音
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2008年10月29日

5〜7月歌会の詠草


              yuugure.jpg
 

 胸ぬちに赫き夕陽を閉ぢこめてゆふやけぐもは思ひ告げ得ず
                                   
(藤の実5月)
 
 
ぬかづけばステンドグラスほの明かくこころたひらな雨の夜のミサ
                                   
 (湘南5月)
 
 忍冬の蕊のゆらぎのかそけさを愛
(かな)しと思(も)ひて歩みとどめぬ
                                   
 (藤の実6月)
 
 いつしかにさはやかさつきさりゆきて暗き厨にうどん煮てゐる
                                    
(甲麓庵7月)

             
   (注)藤の実湘南…潮音の歌會、 甲麓庵はHN伯爵さん主催の歌會 


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posted by 素浪人Joe at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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