2008年01月11日

梁塵秘抄493番から

久々の梁塵秘抄です。22回目にもなると、もうそろそろしんどいですね。

『南無阿弥陀 仏の御手に掛くる糸の 終り乱れぬ心ともがな』(493番)

これは3句目が6音の字余りになつてゐる以外は、
まず、そのまま短歌の韻律になつてゐます。


その頃は戦乱が続く世でした。何時戦に巻込まれて命を落すか分らない。
人々は仏にすがるより安堵するすべもない。
そんなときの素直な信仰が読取れます。

「終り乱れぬ心ともがな」に万感の思ひがあるやうですね。

何時の世でも、終りの時には安らかでありたいとの願ひは変りません。

それにしても、今はよろずにつけ贅沢過ぎる時代です。
平和ボケしたJoeのわがままによると、次のやうな歌と相成ります。

仏さま 平にお許しくだされませ。


阿弥陀仏やさしく御手をくだされどわが乱心の終ることなし 


み仏のこころもしらずさまよひて酒のみあかす紅燈の街


乱れたる心のままに弥陀佛の膝に伏すればなみだし流る


み仏の許にも行けぬ乱心の吾(あ)はさまよへる一人(いちにん)の修羅



ラベル:修羅
posted by 素浪人Joe at 01:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 『梁塵秘抄』の言葉を借りて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
煩悩は消えざるものと諭したる釈迦の涅槃の優しき御顔


釈迦も煩悩は無くならないと、言っています
煩悩や悩みがあっても、それを顔、行動、言葉に出さないで置きなさいと
Posted by 磯 at 2008年02月13日 13:48
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