2007年03月05日

『梁塵秘抄』235番から

235 われらは何して老いぬらむ

『われらは何して老いぬらむ 思へばいとこそあはれなれ 
  今は西方極楽の 弥陀の誓ひを念ずべし』(235番)

 
今さらの悔過かひもなし壮年過ぎてわれらは何して老いぬらむなど
                                             
*悔過→けくわ
  *壮年→さだ

ええ歳こいてやたらと反省したうはない。
ぢゃあ、梁塵秘抄の元歌のやうに素直に弥陀の誓ひを念ずるか……とはいふものの、
ほんまのところボクは仏教徒ではない、どころか何教徒でもないんや。
で、信仰がないかといへば、そうでもなくて自己流の多神教徒なんだなぁ〜これが(笑)


大和民族はもともと神代から八百万の神々を信じてをつた。
ここにも、そこにも、かしこにも・・・神さまはいっぱいをる。

わが家の中にもカミサンが鎮座ましまして、Joeは朝晩伏し拝んでゐるのだ m(__)m



posted by 素浪人Joe at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 『梁塵秘抄』の言葉を借りて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Joeさんって、もしかしたら《テレやさん》なのかしら?やおろずの神を崇拝するのは、農耕民族にはよくあること。一神教のような「畏怖の念」を与えない優しい神様ばっかりです。「おかみさんの観音様」がいちばん身近なのでしょうね。いつも手を合わせて「拾」くださいね
Posted by 巴茶寮 at 2007年03月06日 20:53
うふっ… テレやさんって、当ってるやうで当たってないやうで…。
要するにいい加減なんですよ。
ボクは大体が女性信仰でして、
マリアさまでも、観音さま(これは中性?)でも、
何時かは女性の手で救はれるなぁんて〜甘いことを考えてます。
マザコンなのかなぁ…(^^ゞ
Posted by ありがと巴さん Joe at 2007年03月08日 03:30
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。