2007年02月18日

題詠100首【008:親】の自作自注

【008:親】

 あれほどに憎み嫌ひし父親に年ふるごとにあはれ似てくる 

 父のことは少し書きづらいところがあります。ボクの母は父にとっては二人目の妻でした。兄の母である先妻と別れて、ボクを生んだ母と一緒になりました。
 ボクははっきり言って不倫の子です。昔風にいへば認知された私生児です。

 暗い家庭をずっと引きずってきたこともあつて、ボクは幼い頃からあまり明るい少年ではありませんでした。当然のことながら兄との関係も悪く、間に立つ母は妙に兄に遠慮して、ボクには辛く当たる。そんな色々な事情から、ボクも兄も別々の立場で父を憎みました。
 
 それは大人になつてもずっと続いたのです。なぜ、父はそんな生き方をしてきたのだらう? と、多感な少年だつたボクは、いつも考えてゐました。男と女の愛憎の深淵はまだ若かつたボクの目には、覗き込もうとしても見えなかつたのですね。
 
 そうまでして一緒になつたのに、その後の父と母との関係はうまくいきませんでした。やがて父が家に帰らない日が増えて行き、そんな父に対して母は、だんだん依怙地になつて行き、終には父はまた別の女性のところに走つてしまいました。父の終焉はその女性のところでした。80歳を過ぎたばかりで、愛知県の小さな田舎町でなくなったのです。

 それからもう何年たったことでせうか・・・ ボクもだんだん、父の亡くなつた年に近づいてきました。そして今なら分かるのです。父のさびしさが・・・ というより、このさびしさ――これは男の孤独なんでしょうね。ボクの風貌もどこやら父に似てきました。父と違ふのはボクはカミサンと別れずに暮してゐることでせう。子供たちが家を出たあと、カミサンと二人でツヴァインザムカイト※を決め込んでます。 これはどうも、自作の感想にしちゃ長くなりましたね・・・

※ツヴァインザムカイト…2人きりの淋しさとでも言ひませうか、堀辰雄が作品の中で使つてました



この記事へのコメント
わたしはjoeさんほどややこしくはないのですが、
5才で生母を亡くし、継母に育てられました。
さほど屈折することなく過ごしてきましたが、
足が悪いせいもあって父から疎まれていたことは
確かですね。
当然わたしも反発しましたが、今頃になって
「お父さんそっくりね」と言われます。
複雑な気持ちですね。
詠われている気持ち、よく分かります。
Posted by at 2007年02月19日 06:09
名前記入を忘れました。
Posted by pond at 2007年02月19日 06:11
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