2011年07月17日

「潮音」2011年6月号出詠分

 
     武相国境の丘に住んで 


      昭和49年の港南台駅付近、低い駅舎がぽつんと見える  

 
  葛の花あちこちに咲く丘なりき港南台駅開業以前

 
      
昭和51年当時まだまだ住宅も少ない



  駅前に店のなき頃カート引き1.5qを買出しに往きき


      
昭和52年、やっと住宅が建ち始めた


  カート引きて往きて復りし若妻の額の汗をまだ憶えゐる


  どのやうな喜び悲しみ持ちしやと呟きて問ふ妻の写真に


  半世紀を共に暮らした妻のこと俺はどれだけ知つてただらう



  横浜は南のはづれ、武相国境のあたりの丘に住んで40年を超えた。
  昭和44年に越してきた頃は、電車もなければ人家もろくにない、山ばかりの田舎。
  長男は小学校低学年、次男は2歳だった。
  今の港南台駅周辺と競べると本当に今昔の感がする。
  
  亡くなつた妻とは、一緒になる以前からの付き合いをいれると、
  50年以上になるが、そのうちの大半をこの地で暮らしてゐることになる。
  墓地も藤沢に近い夕富士の美しい丘の上にあり家からは30分で行ける距離にある。
  
  添付の写真は「こうなんの歴史アルバム」から転載させていただいたもの。

  
posted by 素浪人Joe at 02:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しみじみとして、味わい深いお歌ですね…。

半世紀をともに……奥様へのせつない情感に、胸うたれます。
Posted by 雪香 at 2011年09月18日 16:38
雪香さん blog更新もサボつて、ご無沙汰続きです。
よくご訪問いただきました。嬉しいです。
Posted by Joe at 2011年09月18日 18:18
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