2011年02月07日

「潮音」2011年新春20首詠入選歌−その2−

  

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  #古都逍遙 −その2−

ゆうるりと雨の奈良坂登りきていにしへびとの歌をおもひき

春日野をもとほる秋艸道人の後ろ姿が見ゆる夕ぐれ

なき妻のおもかげを見るみほとけの頬吹く風もかそかなる朝

はつかにも風あるごとし香煙のゆれて昇るを見つつをろがむ

雨に追はれ遅き昼餉をとりし店の女あるじは天平の顔


奈良坂と言ふのは奈良から北へ木津の方へ越えて行く坂である。
その辺一帯の丘を平城山(ならやま)といふ。
上古より平城京より近江へ、さらに先へと向ふ重要な街道であったらしい。

いにしへ人といへば、やはりこの近くに御陵のある磐ノ姫の歌が思い起こされるが、
ボクにとっては「平城山」といへば、
萬葉集よりも次の短歌に平井康三郎が曲をつけた歌曲をまづ思い出す。

 ・人恋ふはかなしきものと平城山にもとほりきつつ堪へがたかりき  
 ・古(いにし)へも夫(つま)に恋ひつつ越へしとふ平城山の路に涙おとしぬ  北見志保子
 

お若い頃の平井保喜(康三郎)先生には、一度お目にかかったことがあるし、
先生のサイン入りの「平城山」の楽譜を持っていたこともある。(残念だが今はない)

平井先生はボクの故郷の高知県伊野(現いの)町の方で、
この歌曲の唱れるのを初めて聴いたのは60年以上も前のことだ。
北見志保子も高知県宿毛の方、その恋のエピソードは長くなるので
今は省略しておく。

それやこれやが少年の頃のボクの心に染みついて、
奈良恋ひの原点になっているのだらう。

2首目にある秋艸道人といふのは、會津八一のこと。
この歌人の平仮名ばかりで奈良を詠まれた「南京新唱」は素晴らしい。
ボクの連作も八一の歌が下敷きになってゐる。

  

posted by 素浪人Joe at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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