2010年12月14日

「潮音」2010年11月掲載分(その1)

 
 
    
       # 真つ赤な薔薇を・・・


 
              
 
            burgaria.jpg     カミサンは特定の宗旨は持つてなかった。   
         
      それでも、なにか信仰する気持ちがあるらしくて、奈良や京都の古寺は好きだったし、
      身延山にも善光寺にも、山形の山寺にも行けば手を合せた。
      サンチャゴ・デ・コンポステラやウイーンやパリのカテドラルも行けば目を閉じて何か拝んでゐた。
      涙を流してゐたこともあつた。 その幅の広い信仰心がどこから来るのかボクには分からない。
            
      葬儀はいらない、仏壇もいらない、明るい花だけ飾つて、
      と言ひ残して誕生日が過ぎた翌朝の明け方に永眠した。
      でも、ボクは春秋のお彼岸とお盆には花を飾ってセレモニーをする。 
      カミサンの好きだった赤い薔薇やカーネーションを飾つて…


   
「おとうさん頑張りすぎたらあかんよう」声が聞こえる また盆が來る
  
  ゴミ出しの刻近づけば起き出だす習慣
(ならひ)身につく偉いぞ俺は
  
  妻も俺も佛の花は嫌ひです真つ赤な薔薇を活けて安らぐ
  
  澄みとほる〈精霊流し〉の歌切れぎれに毀れかかつた耳にとどけり
  
  蝦夷地の息
(こ)相模の息共に帰らねば父はひとりで花火見てゐる
 

     
精霊流し、案山子、関白宣言となると、ボクの好きな さだまさし。 時々聴く。
      最近は息子たちなかなか帰つてこない・・・
    
      以下2首は選ばれなかったもの。


  沙汰なきは息災ならむと思ひつつ〈案山子〉口ずさむ…コンドイツカへル

  われ未だ〈関白宣言〉には程遠しまたも写真に謝つてをり


 
 
posted by 素浪人Joe at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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