2010年12月14日

「潮音」2010年10月号掲載分(その1)


# 山 鳩

    画像 180.jpg   この牡丹を下さった友人も昨年亡くなった。
                         ずぼらなボクはろくに手入れもしないけれども、
                         この牡丹今年も健気に咲いてくれた。   

わが嘆きかくも深きと呟けばホホウサウカイと山鳩の声 ※

生命すべてよみがへりくる季
(とき)にして亡友(とも)より給びし牡丹また咲く

楊貴妃の左の眉の月昇るあはれいのちの消ゆる朝
(あした)

掌に重き懐中時計の秒針はしづかに巡る過去を捨てつつ

泣き言をほろほろと言ふ癖つきぬ大方は妻の遺影に向けて

  
春から夏にかけて落ち込みが激しく2ヶ月欠詠してしまった。
  選者の先生からハッパをかけられ
  10〜11月号に各2か月分を掲載させて頂いた。

  
  12月号の「探照燈」欄で※山鳩の歌に野中美佐子さんから次のやうな批評をいただいた。

  《 身の内に深い哀しみを抱く作者は、愚痴を人には吐かず野に放つ。

   「ホホウサウカイ」の山鳩の声はまるで母親のように悲しみを癒してくれる。
   叙情的で深い歌 》

  嬉しくありがたいけれども、《深い》と言はれると、なんだかくすぐったい思ひ…

posted by 素浪人Joe at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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