2011年06月23日

「潮音」2011年5月号出詠分

   
   大震災に

     3月15日締め切りの5月号に間に合ふやうに急遽詠草を送った。
     現場を見ないで詠む機会詠は難しい。
     TVの映像を見て詠んでも、それは放送記者の目、自分の目ではない。

    カメラ枠の外にある、写されなかったところの現実を、
     どれだけ作者の心の目で見極めるることができるか…    
     どれだけ災害現場の人々の心に近寄れるか…
     それは大いに疑はしい。文字を操るだけの歌でははなはだ虚しい。


 歌虚
(むな)し三十一文字に語れざる地震津波の地獄絵のさま

 
 津波十米と聞けばやむなし人の智の器を越えし地球の嚔
(くさめ)

    本当は20m以上の津波だったといふ。 想像もできない…

 
 
 映像を見るのみなるに背が震ふ 老い人の上
(へ)に海は崩え落つ

   
逃げ遅れて、20mもの高さの水の壁が落ちかかってくる恐怖…
 

 飯
(いひ)食みてひとり涕(なみだ)をこぼしをり塩味なればおかずは要らず



 大地震
(おほなゐ)は天災なれど原電の事故を天災と思(も)ふをためらふ






posted by 素浪人Joe at 00:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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