2011年06月23日

「潮音」2011年5月号出詠分

   
   大震災に

     3月15日締め切りの5月号に間に合ふやうに急遽詠草を送った。
     現場を見ないで詠む機会詠は難しい。
     TVの映像を見て詠んでも、それは放送記者の目、自分の目ではない。

    カメラ枠の外にある、写されなかったところの現実を、
     どれだけ作者の心の目で見極めるることができるか…    
     どれだけ災害現場の人々の心に近寄れるか…
     それは大いに疑はしい。文字を操るだけの歌でははなはだ虚しい。


 歌虚
(むな)し三十一文字に語れざる地震津波の地獄絵のさま

 
 津波十米と聞けばやむなし人の智の器を越えし地球の嚔
(くさめ)

    本当は20m以上の津波だったといふ。 想像もできない…

 
 
 映像を見るのみなるに背が震ふ 老い人の上
(へ)に海は崩え落つ

   
逃げ遅れて、20mもの高さの水の壁が落ちかかってくる恐怖…
 

 飯
(いひ)食みてひとり涕(なみだ)をこぼしをり塩味なればおかずは要らず



 大地震
(おほなゐ)は天災なれど原電の事故を天災と思(も)ふをためらふ




posted by 素浪人Joe at 00:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月20日

「潮音」2011年4月号出詠分

 

         IMG_1108.JPG


  音もなくそつとカーブを曲りきて嵐電は廣隆寺の前に留れり

  
  中京
(なかきやう)のイノダコーヒは盛りゐて若き囀りやまず続くも 
   
   
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  曇り日の石塀小路ぽくぽくと歩めど今日は舞妓に会へず


      
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これは去年京都に行つたときに会つた舞妓叶祐美ちゃん。
                某snsにおける友人の知人だ。最近はお天気おじさんの石原さんと共に
                製薬会社のCMに出てゐるので見た方があるかも。


  大和路の旅に出会へる駅の名に今日も酔ひたり此処は〈京終〉(きやうばて)

      京終は桜井線で奈良の次の駅。「終」といふから奈良市街はここで終りかと思ふと、なになにまだまだ家並みは続く。
      昔の平城京はここまでだったのか…。ゆかしい地名である。    
   


  京の友ゆ馬のはなむけに給はりし伏見の酒は既に底つく

    
ああ〜伏見の軟らかな口当たりの酒が飲みたいなぁ

posted by 素浪人Joe at 15:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「潮音」2011年3月号出詠分

 
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       『波濤集』より     

 この星に神が降せる人間のいさかひ止まず生命とりあふ

 彼方より死に行く星を視つめゐる目もありと思ふ 死んではならぬ

 情けない死に様がまう見えてくる花散る里のほら直ぐそばに

 夜の闇は陽の差す裏にあることと思ひて安らぐ小さき生命は

 ITに踏み入ればなほ忙
(せは)しくてわれらの時間幾許もなし


  「潮音」3月号にこれらの一連を出詠したときは、まだ3月11日の震災は起きていなかつた。
  これらの歌は、神を恐れぬ人間がこの星(地球)を汚し壊してゆくのを、心配して詠んだものだ。

  1首目は地上で何時までも止まぬ戦争を嘆いたもの。
  2首目は宇宙人が地球の滅びて行くのを見ているぞといふ警告。
  3つめは、浮かれてゐるうちに情けない地球の死が直ぐそこに来てゐるぞ、と言ふもの。
  4首目・・・・  かなしく、そして悔しくなるのでもう止める・・・
  
  人類は進歩と錯覚しながら、自らの星を壊してゆく作業を営々と進めてるのではないかと思ふ。
  はからずも遭遇した今回の災害は、神が人間を試されてるやうにも思ふ。

  目一杯走り続けてきた私たちは、いま一度立ち止まり、ゆつたりとしかし足を地に着けて歩み直そうではないか。
  核利用はもともと人殺しの道具としての武器から始まつたものだ。今は民を潤す電力を生み出してゐるとは言へ、
  これが最早暴走しかけてゐるではないか。

  原電なんかいらない。 そのために文明が一時的にあとずざりして、不便になろうとも、この星を破壊してしまふより余程良い。

   
   
滅びへの道を辿るかわが星は驕りたかぶり自らを壊す
   
  過ぎゆきの甘き歳月今にして悔ゆるは遅し空燃えて落つ

 
この2首は掲載されなかったものだが、原電の事故を思ふと震災以前に詠んだこととの符合に身が震へる思ひだ。
posted by 素浪人Joe at 02:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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