2010年12月15日

「潮音」2010年12月掲載分


   


  # 太田絢子師一周忌
 
亀ヶ谷(かめがやつ)坂の羊歯黄葉が美しい  kamegayatu.jpg 


 亀ヶ谷の狭き間
(あはひ)の上にみる空澄みわたり忌日近づく

 山荘に向かひて登るわが肩に秋茜ひとつ留らむとする 

 問ひ給ふ「あなたは塩尻の人ですか?」訪
(おとな)ひし日のお言葉を憶ふ

 信濃には詩
(うた)の心の故郷(さと)ありと答(いら)へむとして口ごもりたり

 師の前に気障な言葉を言ふまじと思ひなほして顔赤らめぬ


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「潮音」2010年11月掲載分(その2)



    # 白き光

              
rose.jpg     今年の夏は格別に暑かつたなあ。
       
                     食欲もなくなるし、息するのも面倒になつて困つた。
                     寒いほうがまだ好いと思つてゐた。
                     でもさ、今頃になつて夏の歌を掲載してるやうではダメだな。


  食卓の真中にひとつ白き薔薇位置占めたれば食欲は失す
 
  残暑とふ呼び名に炎帝怒りきて空の真中にどつかりと坐す
 
  指折りて外出
(そとで)せし日を数ふる夜疲れるよほんと生活(たつき)といふは
 
  新しき恋などをまたして見むか破調のわれのひと日はぢまる
 
  生くることも死ぬこともまた面倒だ白き光は庭に満つれど


  
掲載されなかった次の二首は暑さでハチャメチャ気味だつた。


  怒れると言ふにもあらず炎帝はわが身の熱に動きとれぬか
  
  秋立つとの言葉ばかりのニッポンの熱帯夜です 裸でビヰル



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2010年12月14日

「潮音」2010年11月掲載分(その1)

 
 
    
       # 真つ赤な薔薇を・・・


 
              
 
            burgaria.jpg     カミサンは特定の宗旨は持つてなかった。   
         
      それでも、なにか信仰する気持ちがあるらしくて、奈良や京都の古寺は好きだったし、
      身延山にも善光寺にも、山形の山寺にも行けば手を合せた。
      サンチャゴ・デ・コンポステラやウイーンやパリのカテドラルも行けば目を閉じて何か拝んでゐた。
      涙を流してゐたこともあつた。 その幅の広い信仰心がどこから来るのかボクには分からない。
            
      葬儀はいらない、仏壇もいらない、明るい花だけ飾つて、
      と言ひ残して誕生日が過ぎた翌朝の明け方に永眠した。
      でも、ボクは春秋のお彼岸とお盆には花を飾ってセレモニーをする。 
      カミサンの好きだった赤い薔薇やカーネーションを飾つて…


   
「おとうさん頑張りすぎたらあかんよう」声が聞こえる また盆が來る
  
  ゴミ出しの刻近づけば起き出だす習慣
(ならひ)身につく偉いぞ俺は
  
  妻も俺も佛の花は嫌ひです真つ赤な薔薇を活けて安らぐ
  
  澄みとほる〈精霊流し〉の歌切れぎれに毀れかかつた耳にとどけり
  
  蝦夷地の息
(こ)相模の息共に帰らねば父はひとりで花火見てゐる
 

     
精霊流し、案山子、関白宣言となると、ボクの好きな さだまさし。 時々聴く。
      最近は息子たちなかなか帰つてこない・・・
    
      以下2首は選ばれなかったもの。


  沙汰なきは息災ならむと思ひつつ〈案山子〉口ずさむ…コンドイツカへル

  われ未だ〈関白宣言〉には程遠しまたも写真に謝つてをり


 
 
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「潮音」2010年10月号掲載分(その2)



  # 紫陽花の露

          
          P1050288.JPG


 徒事
(ただごと)をさらりからりと歌はむかわが男歌失せて一年(ひととせ)

 生くるとは如何なることか解せぬまま紫陽花に置く露にふれをり

 連休の三日を外に出でざりしことを言はむと友訪ね行く

 今日のことはこれで終りと確かめてリクライニング平らに倒す

 メモリアルグリンと言へる公苑に陽はあふれゐて二回目の盆


   3日間孤独な日を過ごしましたよ、な〜んて。

   わざわざ友を訪ねて行つて話す事柄でもあるまい。
   で、帰ってきて、ああ疲れたなんて呟いて椅子のリクライニングを平らに倒してうたた寢。

   遅れ遅れで、2ヶ月分を出してたらカテゴリーの題名「日日に詠ふ」は合ってないなぁ。


ラベル:紫陽花 男歌
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「潮音」2010年10月号掲載分(その1)


# 山 鳩

    画像 180.jpg   この牡丹を下さった友人も昨年亡くなった。
                         ずぼらなボクはろくに手入れもしないけれども、
                         この牡丹今年も健気に咲いてくれた。   

わが嘆きかくも深きと呟けばホホウサウカイと山鳩の声 ※

生命すべてよみがへりくる季
(とき)にして亡友(とも)より給びし牡丹また咲く

楊貴妃の左の眉の月昇るあはれいのちの消ゆる朝
(あした)

掌に重き懐中時計の秒針はしづかに巡る過去を捨てつつ

泣き言をほろほろと言ふ癖つきぬ大方は妻の遺影に向けて

  
春から夏にかけて落ち込みが激しく2ヶ月欠詠してしまった。
  選者の先生からハッパをかけられ
  10〜11月号に各2か月分を掲載させて頂いた。

  
  12月号の「探照燈」欄で※山鳩の歌に野中美佐子さんから次のやうな批評をいただいた。

  《 身の内に深い哀しみを抱く作者は、愚痴を人には吐かず野に放つ。

   「ホホウサウカイ」の山鳩の声はまるで母親のように悲しみを癒してくれる。
   叙情的で深い歌 》

  嬉しくありがたいけれども、《深い》と言はれると、なんだかくすぐったい思ひ…

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2010年12月13日

「潮音」2010年7月号掲載分


  #わすれな草

    
PHOT0000000000065D20_s90[1].jpg  妻が他界してから買つてきた勿忘草が咲いて散って、
                        今年は、こぼれ種から庭のあちこちに増えた。
                        でも、そればかりではなく、
                                                      メヒシバとかセイタカアワダチソウらしい草まで生えてくる。
                        それらを見分けながら草取りもした。  暑かったなぁ〜



 うた詠めぬ暑き日中を蹲
(つくば)ひて醜(しこ)の荒草ひた抜きゐたり

 ひと日ごと気力失せ行く寒き春こころに鞭を打ち続け生く

 呑み過ぎはいけませぬとの声聴きぬグラスを前に真夜の空耳

 再びを逢へることなどあるまじと思へどもなほ願ひゐる来世

 こぼれ種子生ひて増えゆく花碧し忘る勿かれと風なきに揺る


 
以下二首は選ばれなかった作品


この春の寒暑こもごも吾が内の躁鬱に似て可笑しくもあり

気落ちして隠り居多き雨の日日まろき雫の軒より落つる

 
posted by 素浪人Joe at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「潮音」2010年6 月号掲載分

 

 # 納骨をすませて

 

      IMG_0144.jpg  
              
              
              
横浜市の公苑墓地メモリアルグリーンが抽選で当たつた。
              丁度一周忌に合せて納骨をした。
                   お骨となつてしまつたけど、墓を後にして帰るときは涙が出た。
 

  帰宅して硝子戸にさす日差しを見てゐたら、
  小さな羽虫がちょこまかと動いてゐた。
  こんな小さな虫でも生命があって動けるのは素晴らしいなと、
  時間のたつのを忘れて眺めてゐた…
 

 陽に透ける玻璃戸の内を小さき蟲敏く動けり春きざす朝

 骨壺を降ろせば冷気掌に触れぬ永遠
(とは)にをぐらき部屋の寂しさ

 この暗い室
(へや)にぽつんと残るのか 蓋を閉めずに陽を入れようか

 また來るよそしていつか寄り添つて腕組んで行こ旅の日のやうに

 石の下にきみを残して帰る夕忘れ物したやうな思ひで


 
 
以下は掲載から漏れた作品です。少しごちゃごちゃし過ぎ・・・やはり詩情いまいちだな。


 光の粉撒かれし空の眩しさかはた杉花粉かや涙目を閉づ

 枯れ芝を風吹き抜くる廣き墓地薔薇も芽吹かず鳥も遊ばず

 
 
やっと6月号まできた。もうひと頑張りしやう

posted by 素浪人Joe at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

「潮音」2010年5月号掲載分




  # 花ある径



       またもやかなしい歌が並ぶ。

       年長の歌友は言つてくれる。
       「まうそろそろ妻恋歌から離れたほうがいいですよ」と。

       でも、さうは行かない。
       自然に歌となつて口をついて出てくるものは仕方がない。
       感傷過剰といへば、それはさうなんだらうが……


 酒たうべ浴ぶるごとたうべ汝が亡きを忘れむとして蒲団被れり
 
 こは夢
(いめ)と思ひて見てをり異国(とつくに)の花ある径をきみ歩み来る
 
 目覚めては泪ぬぐひぬ風の音がうがうと鳴る春の夜明けに
 
 よき夢の続きは見得ず豚となりて餌を食む夢の覚めず続けり
 
 為すべきこと多き日なれど臥所にてパソコンゲーム今朝もしてをり


以下は掲載されなかった作品
 

 あかときの窓よりもるる薄光
(はくくわう)を諸手(もろて)に受けてこすりてみたり
 
 生ぬるき東風
(こち)吹き荒れてわが庭の白木蓮(はくれん)すでに傷つきて落つ

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「潮音」2010年4月号掲載分

       
  
  #楽の音あふる

   
    
      P1030152a.jpg




音楽を詠むのはちょっと難しい気がする。
読者に分からせようと説明的になつたりすると、
うたごころを失つてしまふ。
塚本邦雄なんかいつぱい音楽の歌を詠んでゐるが、
さすがにうまいものだなあと感心する。
お手本にしたいけど、立脚点が違うので参考にならない。


  白梅の満ち薫るごと小堂に楽の音あふる胸熱き午後を

  大人らの中に幼なも混じりゐて弓いっぱいに奏づるバッハ

  晴れやかにモーツアルトのパッセージ小さきホールを駆け戲れる

  チェロ二つ掛け合ひ鳴りて短調
(ミノーレ)のつづれ錦のごときバロック

  街灯のあたたかき黄にひたり行く何時まで続くこの残響は
      
(けやきホ−ルにて)

  
 以下二首は採り上げられなかったもの。 やはり説明的だったのかな、と思ふ。

 
 3
台のヴィオロンが紡ぐコンチェルトわが歌友(うたとも)の美音も冴えて

 会場を出づれど耳に残れるは厚き総奏
(トゥッティ)ブリテンの曲




 
posted by 素浪人Joe at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

「潮音」2010年3月掲載分



  #羽ばたかぬ鶴


 社会詠は苦手だけれど、勉強のために詠んでみる。
 どうも力みが先に来て難しい。でも詠まなければいつまでも上達しないので、詠む。


 約束を瓶に封じて投げあげて果たしてJALは飛ぶや飛ばずや

 チキンラーメン発売されしその頃は世界に羽ばたく鶴でありしに

 お仕着せの倒産なるは腹立たし我らの税も翼にあるに

 落つる陽は荒れし大地を焼き尽くしなほ燃えてをり死ぬな地球よ

 「デフレスパイラル」発音しにくき言葉なり舌噛み死ねとや貧乏人は


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「潮音」2010年2月掲載分


 
 
  #安保反対闘争の頃


随分昔のことだけど、安保反対の活動をしてゐる友人が多くゐた。
そんな彼らに同情は持ちつつも、当時銀行員だつたボクは複雑な心境にあつた。
遠くから彼らを見守つてはゐたが、闘争の輪に加はることは憚られた。

そんな友人も身過ぎ世過ぎの世の流れの中で、次々と転向して行つた。
今では彼らとも昔話をしながら酒を飲んだりしてゐる。

でも、これからの日本はどうなるのだらうか?

 
 自らを金融資本の番犬と蔑
(なみ)して過ぎし日日長かりき
 
 「アメリカは帰れ」と叫ぶ激しさの声に合はざり鈍き歩みは
 
 シュプレヒコール夜空に消えぬ 流星の燃え尽くるがに友転向す
 
 われもまた楽
(らく)へ向かひぬ平和ぼけと指ささるも聞かぬふりして
 
 安保とは はて何びとのためならむ民の知らざる約ありしとふ



 次の2首は潮音誌に取り上げられなかったもの。

 
 
戦ふをあきらめて乙女の掌(て)のぬくみ確かめゐたり冷えしこころに
 
 苦しみの友に背を向けひたぶるに甘き時へと逃げてゐたりき


posted by 素浪人Joe at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々に詠ふ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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